やちふぁみ 旅程 宿泊 持ち物 鋸山 金谷城 09.15 – 09.16

やちふぁみ 夏のたび

房総・金谷 一泊二日金谷城 旅のしおり

2026年9月15日(火) — 9月16日(水) TJKリゾート金谷城

集合
10:00 木更津駅
雨なら 11:20
宿泊
天気
読み込み中…

Itinerary

旅程

天気によって動きが変わります。当日の予報を見て、どちらで動くか決めます。

天気予報を読み込み中…

01

DAY 1

2026年9月15日(火)
10:00
木更津駅 集合
12:00
金谷 到着・昼食

ロープウェーの山麓駅まわり、金谷港の前で食べます。

  1. 第一候補 金谷食堂 港前の地魚食堂。海鮮丼が30種類以上、アジフライも。 Googleマップ 0439-69-8885
  2. 第二候補 ザ・フィッシュ 金谷港すぐのガラス張りの建物に入ったレストラン。年中無休、11:00〜。 Googleマップ 公式サイト
13:00
鋸山ロープウェー

山頂駅まで約4分。地獄のぞき・百尺観音・日本寺の大仏を見て歩きます。

15:00
浜金谷側から下山

帰りはロープウェーを使わず、浜金谷側の登山道を歩いて下ります。

16:00
チェックイン
18:00
22:00
就寝
02

DAY 2

2026年9月16日(水)
7:30
朝食
9:00
チェックアウト
10:30
館山夕日桟橋で釣り開始

館山市・「渚の駅たてやま」のとなりから、館山湾へ約500mまっすぐ延びる桟橋。 アジ、シロギス、カワハギ、シーバスなどが釣れます。トイレと食事は渚の駅で。 海中観光船が停まる場所と、大型船が寄港する区画では釣りをしないこと。
〒294-0036 千葉県館山市館山1564-1 Googleマップ 館山市の案内

干潮(12:49)に向けて潮が引いていく時間帯です。潮位差が小さめの時期なので、朝夕の満干のタイミングを狙いやすい。

9/15(火)
満潮 7:04・18:31 干潮 0:46・12:33
9/16(水)
満潮 7:47・18:45 干潮 1:20・12:49

気象庁の潮位表(館山)による予測。出発前にもう一度https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/tide/suisan/suisan.php?stn=TTで確認するのがおすすめです(予測は天候で多少前後します)。

13:30
続けるかどうかを決める

干潮を過ぎて、潮が上げに転じたところ。ここで釣果と体力を見て、そのまま続けるか、切り上げて移動するかを判断します。

A
続ける場合

そのまま釣り。潮が上げに転じる午後は再びあたりが出やすい時間帯です。

B
切り上げる場合:候補から選ぶ

17時ごろに木更津駅へ戻れる範囲で、次の中から選びます。

  1. 洲埼灯台 館山市(桟橋から房総半島の南西端へ) 大正8年に灯りがともった、国の登録有形文化財の灯台。内部には入れないが、高台から館山湾や、晴れていれば富士山・伊豆大島まで見渡せる。 Googleマップ 館山市観光協会
  2. 館山体験工房 館山市伊戸(洲埼灯台の近く) 自分だけのとんぼ玉が作れるガラス工芸体験。所要約1時間、1人2,500円、3人から。 急な休みもあるため、事前に電話(0470-29-1811)で確認 Googleマップ
  3. ゴールデンシュリンプ 富津市金谷(帰り道の途中) 屋内のエビ釣り堀。釣ったエビはその場で焼いて食べられる。この日(水曜)は営業日。 Googleマップ 公式サイト
  4. はちみつとミードのはちみつ工房 君津市大井(木更津へ戻る方面) はちみつができるまでを見学できる工房。見学ツアーは無料・予約不要。9:30〜17:00。 不定休。公式Instagramか電話(0439-32-1083)で確認 Googleマップ
17:00
木更津駅 到着・解散

17時ごろの目安です。

雨の日の行き先候補

1日目の午後と、2日目の行き先はここから選びます。どこも屋内で過ごせます。

  1. ゴールデンシュリンプ 富津市金谷(宿のすぐ近く) 屋内のエビ釣り堀。釣ったエビはその場で焼いて食べられる。11:00〜19:00。 火曜定休 → 1日目(9/15 火)は行けません。2日目向け Googleマップ 公式サイト
  2. はちみつとミードのはちみつ工房 君津市大井 はちみつができるまでを見学できる工房。見学ツアーは無料・予約不要、試食やミードの試飲も。9:30〜17:00。 不定休。行く前に公式Instagramか電話(0439-32-1083)で確認 Googleマップ
  3. 館山体験工房 館山市伊戸 自分だけのとんぼ玉が作れるガラス工芸体験。所要約1時間、1人2,500円、3人から。 個人の工房で急な休みもあるため、事前に電話(0470-29-1811)で確認 Googleマップ
  4. 鴨川シーワールド 鴨川市(宿からいちばん遠い) シャチやイルカのパフォーマンスで知られる水族館。9:00〜17:00(日によって変わる)。 Googleマップ 公式サイト
01

DAY 1

2026年9月15日(火)
11:20
木更津駅 集合
12:00
浜金谷駅 到着・昼食

晴れの日と同じ候補です。

  1. 第一候補 金谷食堂 港前の地魚食堂。海鮮丼が30種類以上、アジフライも。 Googleマップ 0439-69-8885
  2. 第二候補 ザ・フィッシュ 金谷港すぐのガラス張りの建物に入ったレストラン。年中無休、11:00〜。 Googleマップ 公式サイト
13:00
午後の行き先を候補から選ぶ

雨の日の行き先候補から選びます。ゴールデンシュリンプはこの日(火曜)が定休日なので、2日目に回します。

15:00
チェックイン・卓球
18:30
20:00
カラオケ
22:00
就寝
02

DAY 2

2026年9月16日(水)
7:30
起床・朝食
10:00
チェックアウト・移動
11:00
行き先を候補から選ぶ

雨の日の行き先候補のうち、1日目に行かなかったところから選びます。

16:00
木更津駅 到着・解散

Stay & Access

宿泊とアクセス

今回の宿はこちら。木更津駅からの行き方と、緊急連絡先もここにまとめてあります。

TJKリゾート金谷城

〒299-1861 千葉県富津市金谷4111-1

公式サイト(tjk.gr.jp)

帰りの電車|木更津 → 八千代中央
帰りの経路を調べる
乗り換え2回・およそ1時間40分
帰りの電車|木更津 → 朝霞
帰りの経路を調べる
当日のダイヤで確認を
車で|木更津駅 → 金谷城
経路を調べる
国道127号を南下
チェックイン / アウト
15:00 / 10:00
緊急連絡先
0439-69-8830
TJKリゾート金谷城

Packing

持ち物

登山と釣り、どちらもある一泊二日を想定した目安です。増減してください。

宿には上下が分かれた、忍者のような館内着があります。パジャマは持ってこなくて大丈夫です。

共通

  • 着替え
  • 洗面用具
  • コンタクトレンズ・眼鏡
  • 虫よけ・日焼け止め
  • 帽子
  • モバイルバッテリー

鋸山登山

  • 歩きやすい靴(滑りにくいもの)
  • 飲み物
  • タオル・替えの下着

釣り 晴れの場合

  • 釣り道具(各自持参)
  • クーラーボックス

Yachifami

写真とつぶやきはこちら

このしおりは、やちふぁみサイトの一部です。当日の写真やつぶやきは本体のほうでどうぞ。

Story

鋸山という山

登る前に知っておくと、あの岩肌の見え方が変わります。

「鋸山」は通称で、正式には乾坤山(けんこんざん)、標高329.4m。あのぎざぎざした稜線は自然の造形ではなく、幕末から1985年まで、およそ200年にわたって房州石を切り出し続けた跡です。

鋸山の地獄のぞき。柵のある展望台が、垂直に切り立った岩の上に突き出している
「地獄のぞき」。足元の垂直な壁は自然の崖ではなく、石を採り尽くしたあとに残された切り跡です。横に走る筋が、石を切り出した層の境目。

岩肌は「読める」

石切り場の壁をよく見ると、表情が二種類あります。斜めに細かく刻まれたノミ跡は、人が手で掘った時代のもの。垂直で平滑な壁は、戦後の機械切り。同じ石切り場の中でこの二つが切り替わっている場所があり、そこがちょうど機械化の境目です。壁を見るだけで、いつ削られた面なのかが分かります。

切り出した石は、担いで運ぶだけではありませんでした。「樋道(といみち)」と呼ばれる滑降路をこしらえて、石を斜面に滑らせて降ろしていたのです。登山道に残る車力道のわだち(ねこ車のブレーキ痕)とは別物で、足元に不自然にまっすぐな溝を見つけたら、それは石が滑り落ちていった道です。

石を切る山であり、石を彫る山だった

境内の千五百羅漢は、1779年から1798年まで21年をかけて、石工・大野甚五郎英令が門弟27人とともに彫り上げたものです。全部で1553体。ひとつとして同じ顔がありません。甚五郎は1798年、48歳で世を去りました。その墓は、自分が彫った羅漢たちの中にあります。

ただし、いま並んでいる羅漢のなかには首のない像が混じっています。明治初年の廃仏毀釈で、多くが首を落とされたからです。のちに「羅漢様お首つなぎ」という復元事業が行われて大半は繋ぎ直されましたが、それでも胴だけのまま残っている像があります。歩いていて首のない羅漢に出会ったら、それは風化ではなく、150年前に人が壊した跡です。

石切り場の壁が、観音になった

百尺観音は、垂直に切り立った石切り場跡の壁、そのものに彫られています。高さ30.3m。1960年に発願され、6年をかけて1966年に完成しました。戦争と交通事故で亡くなった人の慰霊が目的で、いまも交通安全の守り本尊とされています。石を採り尽くして用済みになった産業の跡が、そのまま祈りの場に作り変えられた——鋸山という山の性格が、いちばんよく出ている場所です。

現在、鋸山は日本遺産の候補地域に認定されています。

Story

金谷城という城

今回泊まるのは、施設の名前ではなく、本物の城の名前です。

「TJKリゾート金谷城」の“金谷城”は施設名ではありません。ここは実在した中世の山城の跡地で、別名を明鐘城(あけがねじょう)といいます。標高118m、麓からの比高108m。尾根を堀で断ち切って曲輪を連ねた「連郭式山城」で、築城は文明12年(1480年)、真里谷信興の手によると伝わります。

ここは上総と安房の国境にあたり、鋸山山系が西へ落ちきる先端。西側は東京湾へまっすぐ切れ落ちる断崖で、北にはすぐ金谷港がある。里見水軍の重要拠点であり、山城でありながら海城の性格を併せ持つ城でした。部屋や露天風呂から見えるあの海は、そのまま戦国期の見張り番が睨んでいた視界です。対岸の三浦半島は、当時そこに北条の本拠がありました。

金谷城の敷地から見た東京湾。舵輪と船鐘のモニュメントの向こうに海が広がっている
敷地から西を向いたところ。この視界の先が三浦半島で、戦国期にはここが海を見張る位置でした。

房総の最前線として

戦国期の房総は、安房の里見氏と、小田原の北条氏が東京湾をはさんで正面からぶつかる戦場でした。海を扼するこの城は、そのど真ん中に立っています。

天文22年(1553年)4月、北条氏康が房総への攻勢を本格化させます。里見方だった内房の正木氏がこのとき北条に降り、内房の海岸線が揺らぎ始めました。そして弘治元年(1555年)、連年の攻撃の末に氏康は金谷城を攻め落とします。北条は内房一帯を制圧し、里見氏を安房へ押し込むことに成功しました。この城が落ちるということは、内房の海が北条のものになるということでした。

里見の劣勢はさらに続きます。永禄7年(1564年)の第二次国府台合戦で里見は大敗。北条は上総の北部と西部をまるごと占領し、東では里見の重臣・正木時忠らが北条方に寝返りました。北条は次の狙いを里見義弘の居城・佐貫城(現在の富津市)に定め、その足元の三船台に砦を築いて圧力をかけます。

潮目が変わったのが永禄10年(1567年)8月23日、三船山合戦です。里見義弘は三船台の北条勢を包囲。北条氏康は長男・氏政と太田氏資を援軍に送り、同時に三男・氏照らを義弘の父・義堯が守る久留里城へ向かわせて挟撃をはかりました。しかし義弘は佐貫城から正木憲時とともに打って出て、三船台で氏政の本隊を撃ち破ります。北条軍の殿(しんがり)を務めた太田氏資は、ここで討ち死にしました。この一戦で上総における北条の勢力は大きく後退し、寝返っていた正木時忠も里見へ戻ります。金谷城のあたりを含む内房を、里見が取り返したのです。

その後、金谷城には里見氏配下の正木氏が入りました。天正5年(1577年)に里見義弘と北条氏が和睦(房相一和)したことで、この城は最前線としての役目を終え、そのころ廃城になったとみられています。城として使われたのは、およそ100年です。

土塁・堀切・虎口・井戸などの遺構は今も敷地内に残っていますが、通常は立入禁止です。年に数回、遊歩道「金谷城プロムナード」として限定公開されることがあります。